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書評「今昔百鬼拾遺 天狗」 [書評・映画評]


今昔百鬼拾遺 天狗 (新潮文庫)

今昔百鬼拾遺 天狗 (新潮文庫)

  • 作者: 京極 夏彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/06/26
  • メディア: 文庫


同じ日に天狗伝説で知られている高尾山に登ったと思われる同じ年頃の4人の女性が、誰一人下山したのを目撃されていない。そしてその内二人が行方不明。一人が首つり死体で発見され、一人は二ヶ月後に離れたもう一つの天狗伝説で知られている山で腐乱死体として発見される。持ち物から身元が明らかにされたが、なぜか行方不明者の服装で亡くなっていた。さらには高尾山の麓から、もう一人の行方不明者の服装一式が捨てられていた。見つかった服装は3人分。

そして物語冒頭から、主人公の一人である女子中学生呉美由紀は高尾山の誰も通らない場所に掘られた深さ推定3mの落とし穴に、連れの女性(榎木津探偵シリーズの第1話で、探偵に結婚式をぶち壊されたお嬢様・篠村美弥子)と一緒に落ち込んでいた。

お嬢様は行方不明の女性の親友で、その親友の服装が別の死体が着ていた謎を調査して欲しくて榎木津を訪れたのだが不在で、たまたま訪れていた美由紀を気に入り、彼女に事件を説明、美由紀は友人の中禅寺敦子に伝えて調べてもらった結果、上記の事実を知り、高尾山に美弥子と調べに来て遭難したのだった。

誰も来ない、生命の危機であるにも関わらず、美弥子は暢気に天狗の話などをして、まるでパーラーにいるかのように話を続ける。
冒頭で語り手に危機が訪れるというのは探偵シリーズでもあったが、やはりこのシリーズはそういう方向なのだろう。ちなみにその事件では中禅寺敦子が登場していたのだが、こちらのシリーズではその事件に関わったことを兄に叱られたと書いていた。でも兄に頼まれて関わったはずなんだが。
今回は各章の1行目の法則は破綻した。

このシリーズ、とうとう最後まで京極堂も榎木津探偵も登場しなかった。代わりに名前だけだった警視庁の青木刑事が登場。なにしろ他の男性陣は腕に自信の無い「卑怯な」臆病者ばかりだったからいかにも心強い。株も上がったはずなのだが、敦子にはまるで伝わっていない。

京極堂なら最後まで推理過程を明らかにしないのだが、中禅寺敦子は兄のようには出来ないと言って、途中の仮説まで披露して検証・証拠集めを行って行く。ラストだけはしっかり確信を持って仮説を犯人に突き立てるのだが。そして探偵の代わりに今回も美由紀が小気味の良い啖呵を聞かせてくれる。思わず「これにて一件落着」と言ってしまいそうになるような。犯人逮捕にやって来た青木刑事が思わず聞き惚れるくらい。お嬢様美弥子も良い相手を探偵代わりの相談相手に選んだと思ったことだろう。

で、書いてしまえばネタバレになってるんだけれど、落とし穴にはまった二人は当然救出されるのだが、それがしっかり夜中のこと。ケーブルカーは動いていないし、山道を歩いて登ってきたんだろうが、顔ぶれからして大変だっただろうと思われる。

カッパは別として、「鬼」も「天狗」も特殊な人間を指す言葉としても用いられる。今回の「天狗」もその二つの意味を持たせたのだろう。山で行方不明者が出れば天狗の仕業とか、そして天狗の山から天狗の山に移動したという今回の話に加え、「あの人は天狗になっている」という表現の、真の中身の無い人間が偉そうな態度を示すケースとか。天狗の正体は中身の無い見かけ倒しの人間が行ったつまらない見栄が起こした事件だと。「鬼」の場合には、実際鬼のような恐ろしい人物のたとえで、現実に存在する人間であちらは正真正銘「鬼の刀」があったわけなので問題は無い。
ついでに言えば「河童」でもラストにカッパが現れるのはかなりの衝撃だっただろう。そりゃまあ、何人も死んでも仕方が無かったかもしれないほどの衝撃だし。

呉美由紀と中禅寺敦子のシリーズ、まだまだ続いて欲しいなと感じる。



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