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書評「サラの柔らかな香車」 [書評・映画評]


サラの柔らかな香車

サラの柔らかな香車

  • 作者: 橋本 長道
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/02/03
  • メディア: 単行本


不思議な題名である。ふつう「サラの柔らかな○○」とあれば、その「○○」には体の部分や心とかそんな言葉が入るのだが、「柔らかな香車」とは。後にその意味は書かれてはいるが。
題名を見ただけで将棋に関する小説だと言うことはわかる。

舞台は女流名人戦のタイトル戦最終局。その日一日の出来事と、短い後日談でできている。
ブラジルからやってきた、常識の枠に収められない13歳の少女、護池・レメディオス・サラと、彼女に関わった人たちの物語。
文体は、ワトソン役の、彼女のことを小説にしようと取材を重ねてきた男の連載小説にタイトル戦の現実がからむ形式になっている。

女流名人タイトル戦。サラより10歳以上年上の女流名人萩原塔子もまた、6年前にサラのとんでもない才能を間近に見てしまった一人。
サラと同い年のもう一人の天才少女北森七海はこの場にはいない。女流棋士手前の七海の前に現れたサラが七海の人生を狂わせてしまう。
サラに将棋を教えたのは奨励会を年齢制限で去った瀬尾。彼は塔子と同い年で同時に奨励会三段まで行き、かつてはその先のことも話合った仲だった。彼はサラの不思議な言語を解釈し、新たな解釈を加えることで才能を伸ばした。

サラは物事を特殊なイメージと関連づけている。たとえば香車なら、槍のイメージで冷たい・堅い・鋭いなど。瀬尾はそのイメージに「柔らかい」という要素を付け加えることに成功し、サラの才能を急激に伸ばした。
瀬尾の奨励会入会時のテスト相手だった施川。現在棋士のトップグループに位置しても、頂上に立てないことに気づいている。現在彼は塔子と親密な関係にあった。
記録者である橋元もかつては奨励会に在籍したことのある者。将棋から離れてはいたが、同じく奨励会から出てパチプロで生計を立てている桂木という男から今の位置をもらった。
桂木は瀬尾とも関係があったのだが、この物語では仲介者の立場から一歩も出ない。

この、記録者も含めて7名(実質5名)の人物の物語。タイトル戦は淡々と行われている。


苦言がいくつか。

作者もまた奨励会を辞めた人物であるから将棋界のことは詳しいはずなのに、女流棋界にちょっとでも触れた者ならあれっと思うことがいくつかある。

細かいことでは、タイトル戦の昼食休憩時、対局室を離れない二人に食事が運ばれてくる。
対局室で昼食するんだろうか?そんな話、聞いた事もない。まあおやつ等対局中にむしゃむしゃ食べる男性棋士はいますが。女流で昼食をTV公開されて食べられませんよね。

対局者が片やや女流名人(プロ入りでいきなり女流三段というのは、奨励会三段での退会だから合っている)に対し、挑戦者のサラを女流2級と書いている。これはあきらかな間違い。
女流名人戦挑戦者になるためには、名人戦予選を勝ってB級入り。そして勝ち上がってA級入り。そのA級で1位になって初めて挑戦権を得られる。
プロ入り時は女流2級であるが、B級入りで女流1級に昇級。A級入りで女流初段に昇段。さらにはタイトル挑戦権獲得でその日に女流二段に昇段する規定がある。
この規定は将来的にも変わることはないだろう。だからサラは女流二段でなければならない。

一般プロ棋士になるには奨励会例会で勝ち上がる以外に、特別編入試験制度もできたが、女流棋士についてはプロ試験は存在しない。将来的にもないだろう。以前は育成会というのがあったが、半年間のリーグ戦で優勝しないといけなかったし、現在は一般の研修会で規定の成績を収めなければ女流プロにはなれない。

きわめつけに、これはさすがにまずいだろうと思うのは、天才少女北森七海とサラが最初に出会う場面は、はっきり言って「ヒカルの碁」のパクリだろう。実質、力の差は当時ははっきりとしていて、後ろにいる存在に打ちのめされるってのも同じ。これはやっちゃあいけないよね。

さらにもう一つ。
女流棋界に詳しい人なら、「七海」と聞いてある一人に人物を想像してしまう。
小学生で数々の戦歴を残して現在奨励会に在籍している中学生の「中七海」。
名前も年齢も同じというのはかなりまずいですよ。

許せる嘘もいくつかある。
女流転向でいきなりタイトルを独占するのは、奨励会三段まで行けばありえる話。
などなど

真冬の対局なのに熱くて冷房を入れようかという話は、別にミステリーにしなくても読んでいけばネタバレはすぐわかる。

タイトル戦は意外な終盤の展開を見せて、この瞬間に一気に盛り上がりを見せる。ようやくこの小説の面白さが爆発する。ある意味感動的なクライマックスで引きつけられる。


難点に思いっきり目をつぶるべきなのかな。

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