SSブログ

書評「ステップ」 [書評・映画評]


ステップ (中公文庫)

ステップ (中公文庫)

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/03/23
  • メディア: 文庫


エキセントリックな役が多かった山田孝之が、心機一転等身大で演じる、近日公開の映画の原作本。
正直、山田孝之は好きではない。演技は認めるが。でも映画の内容に惹かれて映画を見る前に先に原作を読んだ。おかげで山田孝之のイメージが出てこなかった。もう少し薄い顔の役者の方が合ってるのだが。

一人娘が1歳半の時に妻が突然死。妻の両親も、子どものいない妻の兄夫婦も子どもを引き取ってもいいと言われたけれども、妻と「二人で」娘を育てたいと、助けてはもらいながら、小学校卒業まで男手一人で子どもを育てていく物語。ほぼ一年ごとの短編のシリーズ。章ごとに異なる女性が現れては消えていく。別に取っ替え引っ替えしているのではなく、主人公や娘と関わりを持ちながらも、それ以上の関係にはならずに物語が進んでいく。その間妻の実家の様子も変わりつつ、娘も成長していっぱしに主張も多くなったり。娘の世話のために会社での仕事内容も変更して貰っていたのが、成長とともに部署変更になったり。
そして娘が小学校6年になって、主人公に転機が訪れ、再婚を考えてもいい女性と知り合う。相手も一人息子を事故で失い、それが原因で離婚した女性。娘は積極的に再婚を進めるが、その実、主人公が再婚して自身が中学になれば父の元を出ていこうという。

揺れる心の中、義父が癌になり余命宣告を受ける。主人公を息子だと思ってきた義父の最後の説教がなされる。


主人公は恵まれた環境にいる。仕事も融通が利き、妻の実家も好意的に見守っていてくれる。おりおり出会う女性も様々で、それぞれ刺激を受け、良い印象で消えていく。
再婚を考える相手の女性も、実は離婚先の家庭が彼女のことを心配してくれている家庭だったことが判明したり。

で、この先、続きがどうなるのか、想像するしかないのだが。娘が中学になり、思春期を経て大人になった時どうなるのか。そういうことを描いた作品なら他にもあるので、そちらで補完すればいいのか。

nice!(2) 
共通テーマ:

書評「Red」 [書評・映画評]


Red (中公文庫)

Red (中公文庫)

  • 作者: 島本 理生
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/09/22
  • メディア: 文庫


映画を見て気になって原作を読んでみた。
びっくりです。映画と原作は全然違うと言うことに。
基本は同じなんだけど、言ってみれば、肉を全部そぎ取って骨格だけにして、そのまま映像にしたのが映画という感じ。そぎ取った部分が大きすぎる。

原作と映画とどこが違うかを言うよりも、どこが同じなのかを言う方が早い。

映画で登場する主要な人物はほとんど原作にも出て来る。あっ、食事に立ちよった店の夫婦は原作にはいないが。
主人公が裕福な家庭の一人息子のボンボンと結婚して一人娘ができて、預けるところがなくて退職。でも仕事がしたくて、10年前の愛人と再会して彼の紹介で再就職。そして不倫関係が再び始まる、というのは変わっていないが。

同じなのはそれだけかも。映画では豪雪の中で、男女が黙ったまま、どこへ向かうか見ている者には不明な車の中での状況から、さかのぼって過去から現在が語られていくが、確かにこの場面あるにはあるが、物語の中で流れで出て来る場面なだけで、それ以上に深い意味などない。まあ原作でもクライマックスに向かう重要な場面ではあるが。

大きく異なるのが、この主人公、基本的におしゃべりである。小説自体が会話劇で、のべつまくなし会話をしている。映画ではこの原作の会話部分を9割方カットしたような。だからまったく違った物語になってしまう。さらには主人公にはおしゃべり友だちの親友がいるが映画では友人関係をすべてカットしてしまった。もっといえば、原作で10年前の愛人と再会するのがもう一人の友人の結婚式なのだが、映画ではわけのわからないパーティーで、元愛人がどうしてそこにいるのかが不明。そして再会後の関係もめちゃくちゃ不自然。

映画はR-15指定だけれど、原作をそのまま映像にすると完全なR-18の成人映画になってしまう。それではまずいと思ったのか、極力カットし、映像でもボカシが一切かからない、映してはいけない女優の体も映さない、中途半端な仕上がりになって、これだと最初からすべて、R指定にならない作品にしてもよかったのではと思ってしまう。

一人娘も映画だと年長さんにしか見えないが、原作では2歳という。まあそれにしてはよくしゃべるし、行動もとても二歳児には見えないが。
主人公の仕事内容も全然違っている。まあそれはたいした問題ではないが。

原作小説は、エピローグ直前で終わっても成り立つ構成。それでもよかったかも。それだと不条理劇で、もやもやが残ったままになっただろうが、それもありな物語構成。
ところがエピローグがついたとたん、この物語は完全な回収がなされていく。もやもやがすべて消し飛んでいく。
エピローグでは本編の10数年後に、一人娘が思春期を迎え、あの時のあれは一体何だったのかと振り返る設定になっている。このエピローグを中心にして、過去を振り返るという形の物語あるいは映像でもよかったかも。もちろん娘の視点ではR指定部分はありえないのだが。

まあ、原作を読んでから映画を見た人は、たぶんほとんどの人が、がっかりするんじゃないだろうか。特にラストの違いは耐えられない。映画だともやもやが残ったままになるだろう。

nice!(0) 
共通テーマ:

映画「Red」 [書評・映画評]

red.jpg
結婚しながらも孤独であり、あることをきっかけに離婚した男(妻夫木聡)。円満で何不自由のない家庭を持ちながら、孤独な女(夏帆)が再会した。
雪が降りしきる夜の道を、二人を乗せた車がある場所を目指して走って行く。

一応R-15指定映画。とはいえ、これって指定場面必要だったのか。

20年前に同じ職場に居た二人が別々の人生を歩んだ後、10年後に再会した。そこから二人の運命が交錯し、変わっていく。

しかし映画の最初からわかっていた。この女性、見事に家庭から浮いている。彼女はなぜ結婚したのだろうか。疑問でしかない。

彼女だけを愛する優しい旦那がいて、愛らしい娘もいる。姑とは同居ながらもめごとは今のところ生じていない。夫は若干母親の方を大事にしているけれど、もめるほどではない。裕福な家庭で生活に何も不安はないけれど、何か満たされていないのは明らか。
娘が小学校に上がることで、仕事に付いてみたいと言っても、最初は反対されながらも、夫はそれを認めてくれる。そして充実した仕事生活。

家庭で主婦をしている時よりも、仕事をしている時の方がはるかに生き生きとしている。そこに落とし穴があったのか。

職場でプレーボーイのように彼女に構う同僚(柄本佑)も、最初の印象とは違って、まともで親切。そんな日常と違った世界が彼女の心を動かしてしまったのか。

実は彼女がまだ若い時に父親が蒸発して行方知らずなのに、嫁ぎ先ではその事実を隠している。事実を隠し、自分の心を隠してきた人生。それが男との10年ぶりの再会でふっきれてしまったのか。

でも、物語の結末。同じ孤独な人間をまた一人増やしてしまっただけかもしれない。
なんかやりきれない。
nice!(0) 
共通テーマ:映画